2014 Volume 34 Issue 1 Pages 94-102
目的:帝王切開で出産した女性の,妊娠中から産後1か月までの帝王切開に対する心理的プロセスとその影響要因を明らかにし,看護支援への示唆を得ることを目的とした.
方法:グラウンデッド・セオリー・アプローチを用い,帝王切開後の女性18名に半構造化面接を行って分析し理論化を試みた.
結果:女性は帝王切開に対する〈心づもり〉と〈意味づけ〉のプロセスをたどることで,帝王切開に対する〔覚悟〕と〔納得〕に至る.それらは〈帝王切開の可能性の認識〉をした時点から始まり,〈手術への恐怖〉や〈自然分娩への未練〉は阻害要因,医療者や経験者とのやりとりは促進要因となる.〈意味づけ〉は分娩後にも続く.緊急帝王切開では〈心づもり〉や〈意味づけ〉ができないまま手術に臨む場合があるが,〔納得〕するためには,分娩後に〈意味づけ〉が行われる.
考察:帝王切開に対する〔覚悟〕と〔納得〕の理論を軸に,〈心づもり〉と〈意味づけ〉を促すような具体的な看護支援が示唆された.
帝王切開の割合は世界的に上昇している.日本は諸外国に比べて自然分娩志向が強いが,帝王切開率は近年徐々に上昇し,平成23年は一般病院で24.1%,一般診療所で13.6%となり(厚生労働省,2011),今後も上昇が続くと考えられる.
帝王切開で出産した女性は,児が無事に生まれた喜びや安堵感,陣痛からの解放感等の肯定的な感情を抱く一方で,自然分娩できなかった喪失感,母親としての失敗感,児への罪悪感,帝王切開決定における医療者への不満等の否定的な感情も抱きやすく,産後うつや母児相互関係の構築が遅れるリスクが高いことが報告されている(Clement, 2001;Lobel & DeLuca, 2007).また,帝王切開には,事前に予定されていた予定帝王切開と,何らかの理由で急に行われる緊急帝王切開がある.そのうち,緊急帝王切開は近年,DSM-IVのPTSD診断基準にある外傷的出来事に該当する体験になることもあることから,PTSD(心的外傷後ストレス障害)との関連も指摘されている(Olde et al., 2006;Ryding et al., 1998;横手,2005).以上より,帝王切開率が上昇する中,帝王切開による否定的な感情を受け止めるとともに,肯定的な側面にも目を向けられるような看護支援が社会的にも求められていると考えられる.
帝王切開で出産した女性の心理については,これまでは主に分娩中から分娩後に焦点を当てて,喪失体験やストレスコーピングの視点から考察されてきた(堀内ら,1987;大林・石村,2010;Somera et al., 2010;横手ら,2006).しかし,看護職は帝王切開に至るまでの妊娠期からも,分娩前教育や妊婦健診で女性と関わることができる.したがって,上記のような否定的な感情に対する予防的な支援を行うためには,帝王切開を受ける以前の心理についても理解する必要がある.そうすることでさらに,妊娠中の心理的プロセスを踏まえた上で,産後のケアを展開していくことができる.そこで本研究では,帝王切開で出産した女性の,妊娠中も含めた心理的プロセスとその影響要因に焦点を当てて,具体的な看護支援を考察することにした.
帝王切開で出産した女性の,妊娠中から産後1か月までの帝王切開に対する心理的プロセスとその影響要因を明らかにすることで,今後の看護支援に対する示唆を得ることを目的とする.
J. CorbinとA. Strauss (2008/2012)のグラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた.その理由は,本研究が看護支援に対する示唆を得るために,心理的プロセスとその影響要因を明らかにすることを目的としたからである.
2.データ収集期間2012年5月~9月
3.研究対象者分娩を取り扱っている都内の総合病院,大学附属病院の2施設にて,在胎週数32週以降に帝王切開で生児を出産した女性とした.
4.データ収集方法対象者に対して,半構造化面接を,産褥入院中と産後1か月の2回実施した.産後1か月だけでは出産時の記憶が薄れ,帝王切開そのものよりも育児に関する影響要因が多くなると考えられたため,産褥入院中の面接も実施することにした.面接はインタビューガイドに沿って行い,分娩前の帝王切開に対する思い,帝王切開になると聞いた時の思い,実際の帝王切開までの思い,手術中の思い,分娩後の帝王切開に対する思い等について,自由に語ってもらった.グラウンデッド・セオリー・アプローチでは,データ収集と分析を同時に進めていくため,インタビューガイドの内容は面接ごとに見直した.面接はプライバシーを保護できる個室で実施し,対象者の許可を得て,ICレコーダーに録音した.また,対象者の基本的背景,妊娠・分娩経過,術後経過について,診療録より情報を収集した.
5.データ分析方法分析手順としては,まず,インタビューデータを逐語録に起こした後,データを切片化してコーディングし,プロパティとディメンションに注目しながら,カテゴリをつくっていった.その後,継続比較を通してカテゴリ同士の関係性を検討した.最後にコアカテゴリを見出し,そのコアカテゴリを基に理論を構築した.分析の信用性を確保するために,分析結果の調査者間トライアンギュレーションを行い,専門領域の研究者の助言を受けながら分析を進めた.
6.倫理的配慮本研究は東京医科歯科大学医学部倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号1198).対象者の選定にあたっては,産婦人科病棟師長から母児の状態を踏まえて,面接に差し支えのない対象該当者を紹介していただいた.対象者には,研究への参加は自由意思で,参加を断ってもその後の診療において不利益を被らないこと,途中で辞退できること,思い出したくないことや話したくないことは無理に話さなくてよいこと,匿名性の保持,プライバシーの保護を保障した.また,データは一定期間保管した後に廃棄すること,研究成果の公表を予定していることを伝えた上で,研究参加に対する同意を得た.
〔 〕はコアカテゴリ,〈 〉はカテゴリ,《 》はサブカテゴリ,「 」は対象者等の言葉を示す.
1.対象者の背景(表1)対象者の一覧を表1に示す.当初は予定帝王切開と緊急帝王切開が均等になるようにサンプリングしようとしたが,緊急帝王切開が少なかったため,予定帝王切開から始めた.予定帝王切開の分析で〈帝王切開に対する心づもり〉と〈帝王切開に対する納得〉というカテゴリが抽出されたため,理論的サンプリングに基づき,帝王切開の決定時期やバースプラン等を参考にして,緊急帝王切開の中でも心づもりと納得の程度にばらつきが生じるようにサンプリングを進めた.その後〈帝王切開に対する覚悟〉〈帝王切開に対する意味づけ〉というカテゴリが生まれ,18例目の面接を終えた時点で新たなカテゴリが見出されなくなったため,理論的に飽和したと考えた.最終的に22名に研究への参加を依頼し,18名から同意を得た.そのうち1名は,産後1か月に都合がつかず面接を行えなかったため,入院中の面接内容のみを分析した.
対象者の平均年齢は34.8歳(28~44歳)で,10名が初産婦,8名が経産婦であった.8名が予定帝王切開,10名が緊急帝王切開で,手術中の麻酔方法は,全身麻酔1名,腰椎麻酔1名以外は硬膜外麻酔と腰椎麻酔が併用された.11名では帝王切開に夫が立ち会った.面接時に新生児がNICUに入院中であったケースは,産褥入院中は4件,産後1か月は1件で,いずれも経過は順調であった.産褥入院中の面接は,術後4~8日に行った.面接時間は,産褥入院中が36~82分(平均49分),産後1か月が15~40分(平均24. 3分)であった.
2.帝王切開に対する心理的プロセス(図1)―〔覚悟〕と〔納得〕の理論―帝王切開で出産した女性の,妊娠中から産後1か月までの帝王切開に対する心理的プロセスとして,〈帝王切開に対する心づもり〉と〈帝王切開に対する意味づけ〉が明らかとなり,帝王切開に対する〔覚悟〕と〔納得〕というコアカテゴリが導かれた.
帝王切開で出産した女性は,帝王切開に対する〈心づもり〉と〈意味づけ〉のプロセスをたどることで,それぞれ帝王切開に対する〔覚悟〕と〔納得〕に至る.それらのプロセスは,帝王切開が決定した時点ではなく,〈帝王切開の可能性の認識〉をした時点から始まる.反復帝王切開や母体疾患での帝王切開のように,妊娠前から帝王切開になると認識している場合もあれば,医学的適応が伝えられた場合はもちろん,医学的適応の如何にかかわらず,女性自身が高齢出産や低身長を自覚して帝王切開の可能性を認識している場合もある.たとえ緊急帝王切開であっても,妊娠中に骨盤位等で帝王切開の予定が立てられていた場合は,妊娠中にその可能性を認識して,〈心づもり〉と〈意味づけ〉を行っている.一方,骨盤位や遷延分娩等で帝王切開の可能性が生じても,まだ〈自然分娩の可能性〉が残っていると,〈心づもり〉と〈意味づけ〉が進まない.
2)〈帝王切開に対する心づもり〉のプロセス〈心づもり〉のプロセスでは,手術への心の準備として,女性はまず,インターネット・本・帝王切開経験者等にアクセスして《手術への不安を和らげる情報を集める》.初めての帝王切開になる場合には,手術の内容,術後の傷・痛み,術後の回復等について細かく情報を集める.『全然痛くなかった』という情報は信用されない.一方,帝王切開を受けたことがあっても,全身麻酔下であったり,陣痛で苦しんでいたためにその時の記憶が曖昧な場合は,不足している情報を集めようとする.
情報がある程度集まると,手術の予測がつくため,《手術で大変な思いをしないための事前対処》を行う.特に過去の手術で「切られるのが怖かった」「麻酔が効かなかった」経験がある場合は,同じ状況にならないように,医師に相談したり,自身に「痛くない」と言い聞かせて入念に事前対処しようとする.そして,最後に《手術に対して腹をくくる》ことで〔覚悟〕を決める.
〈手術への恐怖〉は〈心づもり〉の阻害要因になる.〈手術への恐怖〉には,医療処置に対する恐怖(切られる恐怖,注射される恐怖),麻酔が効かない恐怖,術後のつらさやトラブルへの恐怖等がある.元々医療処置に対する恐怖を強く抱いている場合もあれば,《手術への不安を和らげる情報を集める》はずが,トラブルが起こった体験談や術後の傷の写真等のインパクトの強い情報に触れてしまって恐怖を抱くこともある.さらに実体験での恐怖はイメージ上の恐怖に勝るために,過去につらい手術体験をした女性は恐怖の程度が強くなる.一方,《身近な帝王切開経験者の体験》を聞いたり,《医療者からの具体的な情報の提供》を受けることができると,極端な情報が修正され,また過去のつらい気持ちも緩和され,〈手術への恐怖〉が軽減する.同時に《手術で大変な思いをしないための事前対処》法も学んで,〈心づもり〉が促進される場合もある.
予定帝王切開で予定通り出産に至った場合は〈心づもり〉を通して〔覚悟〕を決めることができる.しかし,緊急帝王切開の場合は〈心づもり〉を完了できないため,〔覚悟〕ができないまま手術に臨むことになる.
3)〈帝王切開に対する意味づけ〉のプロセス〈意味づけ〉のプロセスでは,帝王切開に対するネガティブな気持ちや経験を埋め合わせ,ポジティブな意味を付加して帝王切開での出産に〔納得〕する.
自然分娩を望んでいた場合はまず,帝王切開と自然分娩を比較して,《帝王切開のメリットの認識》と《帝王切開のデメリットの払拭》を行い,帝王切開を肯定的に捉えようとする.帝王切開の「予定がわかって準備できること」は自然分娩の「いつ生まれるかわからない」不安と比べると,大きなメリットと認識される.一方,帝王切開の「お腹を切られるから痛い」「傷が残る」等のデメリットは,自然分娩の陣痛や会陰切開に代わるものとして払拭しようとする.帝王切開のメリットが大きく認識された場合には,「むしろ帝王切開の方がいいな」のように,帝王切開に対する期待が生まれることもある.そのようにして帝王切開を肯定的に捉えるようになる.また,「へその緒が巻きついて下から産むと大変なことになるかもしれない」のように,自然分娩で起こるかもしれないデメリットを回避できるメリットを想定し,《帝王切開が選択される理由への納得》をする.緊急帝王切開の場合も,「赤ちゃんの命が危ない」「このまま待っても下から産める気がしない」と,自然分娩を続けることで起こる可能性のあるデメリットを回避できるメリットを想定しようとする.そして最後に「ずっとこだわっていてもしょうがないので,帝王切開の方が,赤ちゃんも無事に生まれてくれればどんな形でもいいかなって」のように,《帝王切開での出産に気持ちを切り替える》ことで,帝王切開での出産に〔納得〕する.
〈自然分娩への未練〉は〈意味づけ〉を阻害する.これまでの分娩で自然分娩できなかった心残りを抱えている場合や,経産で今回が初めての帝王切開となり,これまでの自然分娩の経験を生かせない不甲斐なさを感じている場合等に生じる.自然分娩を経験したいという気持ちが強ければ強いほど〈自然分娩への未練〉は大きくなる.一方,帝王切開には,産みの苦しみを母となるための通過儀礼と考えたり,帝王切開は普通の出産ではないと捉えたりするような,社会的に構成されたデメリットもあり,女性1人での《帝王切開のデメリットの払拭》は困難である.そのような場合は,助産師や帝王切開経験者等の第三者の「帝王切開だからってそんなに悪いことじゃない」「帝王切開もちゃんと母になる準備をしている」という言葉かけが《社会的に構成されたデメリットの払拭》につながる.また,骨盤位で帝王切開が選択されることで自分を責めている場合には,「赤ちゃんはこの体勢が居心地がいいんだと思う」のように,医師や助産師等から《医療者からの胎児理由による理由づけ》があると,《帝王切開が選択される理由への納得》が促進される.
予定帝王切開の場合は出産本番までに〈意味づけ〉を通して〔納得〕できる場合もある.緊急帝王切開の場合は,帝王切開決定から実際の手術までの限られた時間の中で,積極的にポジティブな意味を付加しようとする.しかし,ポジティブな意味を付加することができないまま,「受け入れるしかない」状態で出産に臨む場合もある.いずれの場合も,分娩後も〈意味づけ〉を続けることで,帝王切開での出産を自分の〔納得〕のいくものにしようとする.
分娩後には,自然分娩では陣痛に加え,分娩後にも会陰切開の創痛や腰痛に悩まされていると知って,術後の痛みという《帝王切開のデメリットの払拭》をしようとする.また,緊急帝王切開の選択に対して,自然分娩を続けていた時の苦労や児が無事に生まれなかったかもしれない状況を想定して,《帝王切開のメリットの認識》をしようとする.そのほかには,出産・手術体験や術後の侵襲の疑問点に関して《原因や対処方法を調べる》こと,周りの人から感謝やねぎらいの言葉をかけられて《自分を誇らしく思う》こと,他の母親や出産経験のある身近な女性と《出産体験を共有する》ことを通して〈意味づけ〉ようとする.さらには,術後の回復が良い,母乳の分泌が良い等の順調な点を知ること,帝王切開での出産を「いい経験」と捉えること,お腹の傷を出産の証とみなすこと,緊急帝王切開でも陣痛を経験できて満足に感じること,児のかわいさを感じること等の《良い点を探す》ことも,帝王切開での出産を〈意味づけ〉て〔納得〕することにつながる.
分娩後の〈意味づけ〉にも促進要因・阻害要因が存在する.最大の促進要因は〈子どもが無事であること〉で,それまでのネガティブな気持ちや経験を全て相殺するほどの力を持つ.わが子を無事に出産することは母親としての責務と捉えられ,その責務を達成できたことは最もポジティブな意味を持つ.そのほかに《家族・友人の言葉》《帝王切開経験者との関わり》《医療者の言葉》も促進要因になる.それらの促進要因の影響も含めて,帝王切開での出産に対するポジティブな意味づけがネガティブな意味づけを上回ると,「帝王切開の方が楽だった」「赤ちゃん的には一番よかった」のように,《帝王切開でよかった》と〔納得〕することができる.
〈意味づけ〉が阻害される状況にはまず,〈子どもが無事であること〉という最大の促進要因が働かない場合が挙げられる.医学的に状態が落ち着いていても,女性本人が児の状態に不安を感じているときには『無事』とはならない.その他の阻害要因には,《術後の体調不良》や育児を両立していく上での《疲労》《忙しさ》,《自然分娩した女性との関わり》で自然分娩に関する出産体験を共有できないことが挙げられる.また,分娩前も含めて家族や友人から帝王切開に対する否定的な言葉かけがあった場合は,《家族・友人の言葉》が促進要因ではなく,阻害要因として働く.分娩後にポジティブな〈意味づけ〉ができないと,〔納得〕には至らず,「仕方ない」とネガティブな面に折り合いをつけて《あきらめる》ことになる.一方,退院後は本格的に育児が始まり,《忙しさ》から出産に対する〈意味づけ〉を行う暇がなくなる.そうすると,「生活ががらりと変わって(育児が中心の)今となってはどっちでもいい」「思い浮かばない」と《紛れる》場合や,「痛みが日に日に楽になるので忘れる」のように《忘れる》場合もある.
帝王切開で出産した女性の帝王切開に対する心理的プロセスとして,〔覚悟〕に帰着する〈帝王切開に対する心づもり〉と〔納得〕に帰着する〈帝王切開に対する意味づけ〉が明らかとなった.女性は帝王切開に対する〈心づもり〉を経て〔覚悟〕を決める.また,同時に〈意味づけ〉を始めることで,帝王切開での出産に〔納得〕しようとする.予定帝王切開では分娩までに〔覚悟〕を決め,場合によっては〔納得〕することもできる.しかし,緊急帝王切開では〈心づもり〉をしたり〈意味づけ〉をしたりする十分な時間がなく,〔覚悟〕を決めることも,〔納得〕することも容易ではない.ただし,〈意味づけ〉は周囲との相互作用を通して,分娩後にも行われ続け,ポジティブな意味を見出すことで帝王切開での出産に〔納得〕しようとする.
1)既存の理論との比較(1)〈帝王切開に対する心づもり〉のプロセス〈帝王切開に対する心づもり〉は,一般的な外科手術における予期的不安への対処と重なる部分があり,矛盾するものではなかった.しかし帝王切開に特化した点が認められた.一般的な外科手術では手術が決定してから心づもりが始まるのに対し,帝王切開では〈帝王切開の可能性の認識〉をした時点から〈心づもり〉が始まることが明らかとなった.帝王切開の可能性を認識するタイミングはさまざまである.妊娠前から認識している場合は,あらかじめ〈心づもり〉を進めているため,妊娠がわかった時点ですでに〔覚悟〕を決めていることもある.また,帝王切開には予期的不安を阻害する要因があることも明らかとなった.〈自然分娩の可能性〉が残っていると,〈心づもり〉が進まない場合もある.〈自然分娩への未練〉があればなおさらである.帝王切開決定時の〈心づもり〉の程度により,その後の看護支援方法が変わると思われ,〈自然分娩の可能性〉と〈自然分娩への未練〉についてアセスメントする必要があると考える.
(2)〈帝王切開に対する意味づけ〉のプロセス〈帝王切開に対する意味づけ〉は,帝王切開に対するネガティブな気持ちや経験を埋め合わせ,ポジティブな意味を積極的に付加して自分を説得させるプロセスである.これは先の緊急帝王切開の出産体験に関する質的研究における『出産体験の認識の修正,統合』(横手ら,2006),『苦痛を和らげるためのポジティブな思考』(Somera et al., 2010)と類似している.しかし,先行研究が主に分娩後の〈意味づけ〉を指しているのに対し,分娩前からも〈意味づけ〉を行っている人が存在していることが明らかになった.この点は,本研究の新たな発見と言える.この結果から,緊急帝王切開後のネガティブな心理状態に対して,予防的な看護介入の余地があることが示された.
2)帝王切開に対する〔覚悟〕と〔納得〕の理論女性は妊娠期間を通して,未知なる出産に向けて準備する.帝王切開の場合も同様だが,帝王切開が決定的に異なるのは,『お腹を切る』という侵襲を伴うことである.しかも,一般的な外科手術のように病変に対して侵襲を加えるのではなく,帝王切開では健康な体に侵襲が加えられる.わが子を産みおとすために通るべき道といえども,お腹を切られる体験を伴う出産は脅威にもなり得る.〈帝王切開に対する心づもり〉と〈帝王切開に対する意味づけ〉を経て〔覚悟〕と〔納得〕に至ることができれば,その脅威に打ち勝つことができる.
しかし,緊急帝王切開では〈心づもり〉をする十分な物理的心理的余裕がないため,帝王切開に対する〔覚悟〕を決められない.さらに帝王切開決定から実際の手術までの限られた時間の中で積極的にポジティブな〈意味づけ〉を行おうとするが,ポジティブな〈意味づけ〉ができないまま「受け入れるしかない」状態で出産に臨む場合もある.自分の命も危ない,あるいはまた,子どもの命も危ないというような逼迫した状況で,〔覚悟〕も〔納得〕も不十分なまま臨まざるを得ない緊急帝王切開だからこそ,外傷的出来事としてPTSDにつながる可能性もあると考えられる.
PTSDに関しては,外科手術でも術中覚醒や心臓手術,移植手術,緊急手術等との関連が指摘され(Boyer et al., 2013;林,2011;Sandin et al., 2000),帝王切開以外の出産方法でもPTSDの発症例が報告されている(Olde et al., 2006).PTSDにつながる要因としては,緊急手術や出産では逼迫した状況で手術・出産に臨む体験が挙げられている(Olde et al., 2006).また移植手術では,『わたし』という主体性を失い,治療に対するコントロール感を永遠に失う体験が挙げられている(林,2011).〔覚悟〕を決められないまま手術に臨む体験は前者に該当し,ポジティブな〈意味づけ〉ができないまま,母児の救命のために帝王切開を「受け入れるしかない」体験は後者につながると考えられる.さらに育児に追われて《紛れる》《忘れる》場合は,〈意味づけ〉のプロセスが一時意識下におかれることで,ネガティブな〈意味づけ〉が抑え込まれている可能性もある.
2.看護支援への示唆予定帝王切開と緊急帝王切開では,〈帝王切開に対する心づもり〉と〈帝王切開に対する意味づけ〉の進み方が異なるため,〔覚悟〕と〔納得〕の形も変わる.それぞれに必要な支援について以下に考察していく.
1)予定帝王切開に対する看護支援予定帝王切開では,〈心づもり〉と〈意味づけ〉のプロセスをスムーズに進むための支援が求められる.まず,帝王切開の可能性を認識するタイミングにより,帝王切開決定時の〈心づもり〉と〈意味づけ〉の進み具合はさまざまである.帝王切開決定時には,〈心づもり〉と〈意味づけ〉の進み具合,そしてその時点での〈自然分娩の可能性〉を確認することで,看護支援の程度を調整していく必要がある.そして〈心づもり〉と〈意味づけ〉を始めてからは,妊婦健診や母親学級の際に女性と個別的に関わる場を持つことで,〈心づもり〉と〈意味づけ〉の進み具合に加え,〈手術への恐怖〉〈自然分娩への未練〉といった阻害要因の程度も確認していく必要がある.個別的な関わり以外には,身近に帝王切開経験者がいない場合に,経験者と交流する場を設けることも両プロセスを促す有効な支援だと考えられる.このような支援を女性が帝王切開に対する〔覚悟〕を決められるまで続ける必要がある.
そして分娩後には,〈意味づけ〉を促す支援を行うことができる.本研究で導かれた〈意味づけ〉は,分娩後の日常ケアに組み込むことができる.具体的には,手術に関する疑問を確認して,説明の場を設けたり術後の侵襲を和らげる対処策を伝えたりすることで《原因や対処方法を調べる》支援ができる.また,帝王切開後の経過の良い点を再保証して女性に返すことは《良い点を探す》支援につながる.さらに,帝王切開経験者が集まる場を提供することで《出産体験を共有する》ための支援ができる.
2)緊急帝王切開に対する看護支援緊急帝王切開では,〈心づもり〉をする時間がほとんどないため,手術に対する〔覚悟〕ができないまま手術を受けることがある.結果から示唆されたように,〈帝王切開に対する心づもり〉は〈帝王切開の可能性の認識〉から始まる.したがって,妊婦健診や母親・両親学級の際に,単に自然分娩の経過を説明するだけでは,社会的に構成されたデメリットを医療者側が提供していることになる.なぜなら,帝王切開については語られていないからである.そうではなく,母親・両親学級で『妊娠経過が順調でも急に帝王切開になる可能性は誰にでもあること』を伝え,可能性の認識を促すことができる.そうすることで,《社会的に構成されたデメリットの払拭》に貢献できる.さらに〈心づもり〉の阻害要因である〈手術への恐怖〉の程度を確認しておくと,個々の人に合わせた〈心づもり〉の支援ができる.一方,〈心づもり〉を進める支援と同時に,〈意味づけ〉を促す支援を行うこともできる.帝王切開に関する説明をする際にはさらに,帝王切開のメリットも認識できるような関わりが求められる.
緊急帝王切開が決定した時には,その時点の〈心づもり〉の程度を把握し,重ねて〈意味づけ〉を促すような支援が求められる.〈心づもり〉の程度は,帝王切開の可能性を認識したことがあるかどうかを尋ねることで把握できる.時間がある場合は情報提供や不安を傾聴することで〈心づもり〉を促す支援も必要である.〈意味づけ〉を促す支援としては,緊急帝王切開の理由やタイミングに対してポジティブな意味を付加できるように関わっていく必要がある.
そして分娩後も引き続き,積極的に〈意味づけ〉を促すように支援していく必要がある.そのような支援を通しても〈意味づけ〉ができない状態が続く場合には,PTSDを念頭に置いた支援も必要となる.ただし,PTSDは症状が1か月以上続く場合に診断され,出来事が起こってしばらく経ってから発症する場合もある.PTSDを念頭に置いた支援についてより詳細な示唆を得るためには,今後期間を延ばして調査していく必要がある.
3.本研究の限界と今後の課題本研究の限界としては,一つ目に対象者の偏りが考えられる.対象者への倫理的配慮により,死産や児の状態が著しく悪かったケース,逼迫した状況で緊急帝王切開になったケースに行きつくことができなかった.これらのケースが加わることで,ネガティブな〈意味づけ〉のプロセスが導かれた可能性がある.また二つ目の限界としては,面接時期のバイアスが考えられる.産後1か月は分娩による高揚感がまだ続いている場合が多く,自然とネガティブな気持ちが抑え込まれていた可能性がある.先行研究と同様に本研究の結果でも緊急帝王切開とPTSDの関連が示唆された.また,帝王切開後にネガティブな気持ちが長期化することを示す研究もある(Porter et al., 2007;今崎,2006).今後は産後1か月以降の長期的な心理的プロセスについても検証していく必要がある.
本研究を行うにあたり,快く研究に参加して下さった対象者の皆様,研究の場を快くご提供いただきました対象施設の病院長,看護部長,産婦人科教授,産婦人科病棟師長および看護スタッフの皆様,産婦人科医師の皆様に深く感謝いたします.
なお,本研究は,平成24年度東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士前期課程に提出した修士論文の一部を加筆・修正したものである.